芥川龍之介『羅生門』が問う、現代社会の歩き方

研究

皆さん、こんにちは!AI文学音響研究所です。ここでは、古今東西の文学作品を、新たな視点と音の響きで再発見していく、ちょっぴり未来的な研究所。今回の研究対象は、多くの高校生が国語の授業で出会うであろう、芥川龍之介の不朽の名作『羅生門』です。

「昔の小説で、なんだか難しそう…」なんて思っていませんか? とんでもない!この短い物語には、100年以上経った今、私たちが直面している社会問題や人生の悩みに、鋭く切り込むヒントが隠されているんです。

さあ、一緒に時を超えた文学の旅に出かけましょう。『羅生門』の世界を深く探検し、そこから得られる教訓を、私たちの生きる現代社会の羅針盤にしてみませんか?

作品データ

  • 作品名: 羅生門
  • 著者: 芥川 竜之介
  • 作品URL: 青空文庫

『羅生門』超入門:絶望の淵で、あなたならどうする?

まずは、この物語の舞台とあらすじを駆け足で見ていきましょう。

あらすじ

舞台は、平安時代の末期。地震や飢饉、火災などの災厄が続き、都はすっかり荒れ果てています。そんな夕暮れ時、仕えていた主人から解雇された一人の下人が、巨大な羅生門の石段で雨宿りをしながら途方に暮れていました。

「このままでは飢え死にするしかない。かといって、盗人になる勇気もない…。」

生きていくための術を失った彼は、善悪の狭間で激しく揺れ動きます。そんな時、門の上から漏れる不審な光を見つけ、恐る恐る上がっていくと、そこにいたのは、死体から髪の毛を抜き取っている一人の老婆でした。

下人は、そのおぞましい光景に激しい怒りを覚えます。「悪を許すことはできない!」と正義感に燃え、老婆に刀を突きつけます。しかし、老婆は震えながらこう答えるのです。

「この女も、生きている時は、蛇の干物を干魚だと偽って売っていた。生きるために仕方がなくやったことだ。だから、わしがこの髪を抜くのも、飢え死にしないために仕方なくやることなのだよ」

この言葉を聞いた瞬間、下人の心に、ある決意が生まれます。彼は老婆の着物を剥ぎ取り、こう言い放つのです。

「では、おれが引剝(ひきはぎ)をしようと恨むまいな。おれもそうしなければ、飢え死にする体なのだ」。

そして、下人は闇の中へと消えていく…。彼の行方は、誰も知りません。

作品世界の深層へ:なぜ『羅生門』は人々を惹きつけるのか?

この物語の魅力は、単なるあらすじだけでは語り尽くせません。作品が生まれた背景や、巧みな設定を紐解いていきましょう。

荒廃した都と「末法思想」という絶望

物語の舞台である平安末期は、まさに「世紀末」のような時代でした。相次ぐ天災や戦乱で、人々の暮らしは破壊され、明日の命も知れないという極限状態にありました。仏教の世界では、釈迦の教えが廃れ、世の中が乱れるとされる「末法(まっぽう)思想」が広く信じられており、社会全体が深い絶望感と無力感に包まれていました。

芥川は、このどうしようもない閉塞感を、荒れ果てた羅生門という舞台装置に凝縮させます。かつては都の栄華の象徴であった立派な門が、今や打ち捨てられ、引き取り手のない死体が転がる不気味な場所と化している。これは、当時の人々の心の荒廃そのものを象徴しているのです。

ある日の暮方の事である。一人の下人が、羅生門の下で雨やみを待っていた。

広い門の下には、この男のほかに誰もいない。ただ、所々丹塗(にぬり)の剥げた、大きな円柱に、蟋蟀(きりぎりす)が一匹とまっている。

この冒頭部分だけでも、世界の終わりかのような静寂と寂寥感が伝わってきますよね。下人が立つのは、ただの門の下ではありません。常識や道徳が崩れ落ちた、世界の涯(はて)なのです。

「下人」という、私たち自身の写し鏡

この物語の主人公である下人には、名前がありません。これは、彼が特定の誰かではなく、極限状況に置かれた人間そのものを代表する存在だからです。

最初は、彼は私たちと同じような倫理観を持っています。

饑死(うえじに)をするか、盗人(ぬすびと)になるか、下人には、到底、選択する事が出来なかった。

この葛藤こそ、人間らしさの証です。しかし、老婆との出会いが、彼の内なる天秤を大きく揺さぶります。老婆の行為を「悪」だと断罪した下人ですが、老婆から「生きるため」という論理を突きつけられた時、彼は自分の中にも同じ欲望があることに気づかされます。

下人の心の中では、とうに、Sentimentalisme(サンチマンタリスム)[感傷主義]は、消えていた。

ここで言う「感傷主義」とは、人道的な感情や道徳心のこと。生きるか死ぬかの瀬戸際で、そんな綺麗事はもはや意味をなさない。老婆の言葉は、下人が盗人になるための、完璧な言い訳を与えたのです。

下人の心理変化は、人間がいかに状況によってたやすく善悪の境界を越えてしまうか、その危うさを見事に描き出しています。

『羅生門』から現代社会への教訓:あなたの「仕方がない」はどこから?

さて、ここからが本題です。100年以上前の物語が、なぜ今の私たちに響くのでしょうか。それは、『羅生門』が描き出すテーマが、驚くほど現代的だからです。

経済格差と「自己責任」という名の刃

下人は、長年仕えた主人からあっさり解雇されます。これは、現代におけるリストラや派遣切り、ワーキングプアの問題と直接的に繋がります。努力しても報われず、セーフティネットからもこぼれ落ち、「どうにもならない」状況に追い込まれる人々。

そんな彼らに、社会は時として「自己責任」という冷たい言葉を投げかけます。しかし、下人のように、個人の努力だけではどうにもならない構造的な問題に直面した時、人はどうすればいいのでしょうか。

『羅生門』は、貧困が単に経済的な問題だけでなく、人の尊厳や倫理観をも蝕んでいく過酷な現実を突きつけます。「盗人になるほかに、生きる道はない」。そう思い詰める人々が生まれる社会構造そのものに、私たちは目を向けなければならない。この物語は、そう警告しているのです。

情報社会と「正義」の暴走

下人が最初に老婆に抱いた感情は、「悪に対する反感」でした。彼は、自分の行為を「正義の行使」だと信じて疑いませんでした。

これは、現代のSNSで起こる「炎上」や「私刑(リンチ)」と非常に似ています。誰かが少しでも道徳的に許されないと判断される言動をすると、顔も知らない大勢の人間が「正義」の旗を振りかざし、一斉に攻撃を始める。その背景には、下人のように「自分は正しいことをしている」という万能感があるのかもしれません。

しかし、老婆の言い分を聞いた途端、下人の「正義」はあっけなく崩壊し、自己の利益(生き延びること)のための暴力へと転化します。正義と悪は、実は紙一重。自分の信じる正義が、本当に絶対的なものなのか? 他者を裁く前に、一度立ち止まって考えることの重要性を、『羅生門』は教えてくれます。

「生きるためなら仕方ない」という自己正当化の罠

老婆の「これも生きるためじゃ」という言葉は、魔法の呪文です。それは、あらゆる罪悪感を麻痺させ、非人道的な行為すら「仕方がないこと」として正当化してしまいます。

私たちは、日常生活の中で、大小さまざまな「仕方がない」に出会います。

「環境に悪いと知っているけど、便利な使い捨てプラスチックはやめられない。仕方がない」

「この競争社会で勝つためには、多少ズルいことをしても仕方がない」

老婆と下人の論理は、こうした私たちの小さな自己正当化の延長線上にあります。どこからが許される「仕方がない」で、どこからが許されない「悪」なのか。その境界線は、実は非常に曖昧です。

『羅生門』は、安易に「仕方がない」という言葉に逃げ込むことの危険性を私たちに突きつけます。その一言が、自分や社会を、気づかぬうちに闇の中へと引きずり込んでいるのかもしれないのですから。

歌詞:『羅生門の下で』

もし、下人の心の叫びが音楽になったとしたら…?

この物語から抽出した言葉を紡ぎ、一曲の歌詞を創作してみました。彼の葛藤と決断の響きを感じてみてください。

(Aメロ)

丹塗りの柱 蟋蟀が一匹

雨雲は空を覆い尽くし

生きる術もなく 途方に暮れていた

善と悪の石段 昇るか降りるか

(Bメロ)

楼閣の上の かすかな火影

死人の髪を梳く老婆の影

許すことのできぬ 悪への反感

抜き放った太刀に 俺の正義はあったか

(サビ)

「これも生きるためじゃ」と掠れた声が響く

俺の中で何かが 崩れ落ちていく音

Sentimentalismeはとうに消えた

暗い闇の向こうへ 駆け出すための理由[わけ]を探していた

(Cメロ)

お前がそう言うなら 恨むことはあるまい

俺も飢え死にする 体なのだから

剥ぎ取った着物の 温もりが虚しい

どちらが悪かなんて 誰にも決められない

(サビ)

「では、おれが引剝をしようと恨むまいな」

最後の理性が ちぎれていく音

Sentimentalismeはとうに消えた

暗い闇の向こうへ 答えはないと知っても行くしかない

終わりに:あなたの羅生門は、どこにありますか?

芥川龍之介の『羅生門』は、私たち一人ひとりの中に潜む「下人」と「老婆」の存在に気づかせてくれる物語です。

あなたがもし、どうしようもない状況に立たされた時。

自分の信じる正義が揺らいだ時。

「仕方がない」という言葉で何かを諦めそうになった時。

ぜひ、この物語を思い出してください。そして、自問してみてください。

「自分は今、羅生門のどの石段に立っているのだろうか?」と。

文学は、すぐに答えをくれるわけではありません。しかし、人生という長い旅路で道に迷った時、足元を照らし、進むべき方向を考えさせてくれる、頼もしい灯火となってくれるはずです。

それでは、本日の研究はここまで。また次回のAI文学音響研究所でお会いしましょう。

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